JNES 独立行政法人 原子力安全基盤機構 | 広報誌・年報 | ニュースレター | All for the Safety “SUMMER 2007 vol.13”
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新潟県中越地域に位置し、海沿いの砂丘地、平新潟県中越地域に位置し、海沿いの砂丘地、平野地、丘陵地と表情豊かな自然に恵まれる刈羽村野地、丘陵地と表情豊かな自然に恵まれる刈羽村は、縄文以来の古い歴史を有し、数々の伝統が多は、縄文以来の古い歴史を有し、数々の伝統が多く息づいている地です。今回は江戸時代から伝わく息づいている地です。今回は江戸時代から伝わる名産「砂丘桃」をご紹介します。る名産「砂丘桃」をご紹介します。わたしのふるさと、この逸品ー途切れた歴史の復活ー第1回/新潟県刈羽郡刈羽村原子力施設立地地域の名物をご紹介します。03くわはらまさとしひろかわたけひこ砂丘畑は“原風景”よいものは磨けば光る、むらおこし─刈羽村農政商工課主査 廣川武彦さん 刈羽村では、平野地でつくるコシヒカリ「おらんち米」、砂 刈羽村では、平野地でつくるコシヒカリ「おらんち米」、砂丘地では「大玉白桃」を、地域発のブランドとして育てるの丘地では「大玉白桃」を、地域発のブランドとして育てるのに力を入れています。地元の生産者が丹精込めて育てた品々に力を入れています。地元の生産者が丹精込めて育てた品々は、村としても自信を持ってオススメできます。は、村としても自信を持ってオススメできます。 砂地の水はけの良さと、日光の照り返しの強さによって、 砂地の水はけの良さと、日光の照り返しの強さによって、独特の甘みを持つ「砂丘桃」は、その美味しさが口コミで独特の甘みを持つ「砂丘桃」は、その美味しさが口コミで広がっていて、おかげさまでだんだんと全国でも知られるよう広がっていて、おかげさまでだんだんと全国でも知られるようになってきました。村の歴史をまとめた「刈羽村物語」を紐になってきました。村の歴史をまとめた「刈羽村物語」を紐解いてみると、行商を営んでいた塚田源太夫が、解いてみると、行商を営んでいた塚田源太夫が、18521852年、荒れた砂丘の開発を志し、桃の栽培を奨励することで農家荒れた砂丘の開発を志し、桃の栽培を奨励することで農家に現金収入の道を開いたと記されています。に現金収入の道を開いたと記されています。まさに村の活性化の先駆者ともいえるでしょう。桃園の拡大につれて春には花見しょう。桃園の拡大につれて春には花見客も多く訪れるようになり、臨時の駅「桃客も多く訪れるようになり、臨時の駅「桃林駅」が開設されたり、歌舞伎の舞台や林駅」が開設されたり、歌舞伎の舞台やお茶屋がかけられるほどに賑わったそうです。お茶屋がかけられるほどに賑わったそうです。昭和に入っての、油田開発や、戦時中の昭和に入っての、油田開発や、戦時中の食糧政策でぜいたく品の桃は伐採の危食糧政策でぜいたく品の桃は伐採の危機にもさらされてきましたが、生産者の地機にもさらされてきましたが、生産者の地道な努力で、今日までその美味しさが伝え道な努力で、今日までその美味しさが伝えられています。 近頃はもはや「地域おこしのために大 近頃はもはや「地域おこしのために大金をかけ新しい施設をつくる」という時代金をかけ新しい施設をつくる」という時代ではないと思います。いまあるものや古くではないと思います。いまあるものや古くから伝わるものは、磨けば光り輝くんです。から伝わるものは、磨けば光り輝くんです。地域の持つもともとの財産を、どうやって地域の持つもともとの財産を、どうやってさらに価値のあるものに育てていくか。そさらに価値のあるものに育てていくか。それこそがふるさとのことを本当に考えた、自治体の仕事ではないかと思っています。SUMMER 2007 vol.13砂丘桃砂丘桃「美味しかった!」全国からの便りがなによりの喜び─刈羽村正明寺園芸組合 組合長 桑原正利さん うちの畑では先日、成熟途中の桃に一つひとつ袋をかけ うちの畑では先日、成熟途中の桃に一つひとつ袋をかける作業を終えたところです。とても手間暇がかかる行程でる作業を終えたところです。とても手間暇がかかる行程ですが、収穫までのあいだ亀裂や害虫から果実を守り、糖度すが、収穫までのあいだ亀裂や害虫から果実を守り、糖度が高い美味しい桃に育てるために欠かせない作業です。こが高い美味しい桃に育てるために欠かせない作業です。この桃が収穫を迎えるのは、このあとの桃が収穫を迎えるのは、このあと7月末から8月上旬にかけて。その時期には毎日朝けて。その時期には毎日朝5時から畑に出て、300g300gほどにまで大きく育った桃を収穫します。枝から傷つけないようにまで大きく育った桃を収穫します。枝から傷つけないように収穫する作業には、それなりの経験が必要。その人員は限収穫する作業には、それなりの経験が必要。その人員は限られているので、生産量を急には増やせないのが残念なとられているので、生産量を急には増やせないのが残念なところです。 現在、砂丘桃づくりの仲間は高齢者が多いので、薬剤 現在、砂丘桃づくりの仲間は高齢者が多いので、薬剤散布などの定期的な重労働は、体力的に正直堪えること散布などの定期的な重労働は、体力的に正直堪えることもあります。でも、桃をお届けしたお客さんから、「美味しかもあります。でも、桃をお届けしたお客さんから、「美味しかった」とハガキや電話で嬉しい言葉をいただくことも多く、った」とハガキや電話で嬉しい言葉をいただくことも多く、生産者としては何よりも励みになります。生産者としては何よりも励みになります。 先代から受け継がれたわが家の桃栽培を、私が本業と 先代から受け継がれたわが家の桃栽培を、私が本業として手がけるようになって9年ほど。自分自身でも満足のゆ年ほど。自分自身でも満足のゆく桃づくりが出来るようになってきました。さらに質の高いく桃づくりが出来るようになってきました。さらに質の高い桃を生産していけるよう、新しい品種の栽培などにもどんど桃を生産していけるよう、新しい品種の栽培などにもどんどん挑戦していきますよ。また、地域の学校の総合学習にもん挑戦していきますよ。また、地域の学校の総合学習にも積極的に協力して、将来刈羽の桃畑を背負って立つ子ど積極的に協力して、将来刈羽の桃畑を背負って立つ子どもたちを育てていくのが夢なんです。 美しい自然と美味しい桃が楽しめる刈羽村へ、全国の方々 美しい自然と美味しい桃が楽しめる刈羽村へ、全国の方々に足を運んでいただけたら嬉しいです。に足を運んでいただけたら嬉しいです。

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